「一度きりの大泉の話」を読みました

萩尾望都「一度きりの大泉の話
さっき届いて、一気読みしました。
私の10代、厨二病を支えてくれたのは漫画でした。
中でも萩尾望都先生の漫画は特別で、
世代的には私よりもう少し上の人達が夢中になっていたかと思いますが
「14歳」とか「薔薇」とか「イギリス」と聞くたびに
いまだに「ポーの一族」が頭に浮かびます。
一昨年の「デビュー50周年 ポーの一族展」にも一人で行ったりして。
ティルダ・スウィントンみたいな女性の顔が好きなのも
萩尾先生の漫画の影響なのではと思います。
とはいえ、この20年はあまり読んでおらず、
萩尾先生は今でも描き続けていらっしゃるので未読が溜まる一方です。
たまに読んで、やっぱり凄い人だと毎回感嘆はしていますが
一度断捨離の為に漫画を大量に処分して以来、
作品全読破は老後の楽しみにとってあります。
もちろん電子書籍ではなく再び紙で蒐集したい。
作品は好きだけれども作家事情には疎く、どの先生がどの先生と仲が良いとか
どこに住んでいるとかいうストーリーにも
あまり興味がない方だったのでこの本で驚くことが沢山ありました。
「花の24年組」と言われる中心人物(だと思っていた)なのに、
萩尾先生が「24年組」と括られることを好まないこと。
そしてデビューから50年も経っていて
(あらためて50年って凄すぎる!)
同世代の竹宮惠子先生と一緒に暮らした経歴もあるのに
対談とか見かけたことが一度もないこと。
萩尾先生のインタビューなどをTVなどでお見かけすると、
弾丸トークタイプではないというか
じっくり考えてから言葉に出すタイプなのかしらという印象でしたが
社交的ではないという自己分析がこの本の中でも語られています。
生い立ちの影響なのか、自己肯定感は低かったようで、
漫画家になることを反対し続けたご両親と上手くいっていなかった話は
何かで読んだことがあります。
才能があるし努力も並大抵ではない人なのに!
今回、竹宮先生との別離、辛い思い出をここまで詳細に語っていただいて
人間ドラマとしては知れて良かったけれども、
読んでいて申し訳なく思いました。
50年も封印していた記憶、本を書くことで傷をえぐってまた具合悪くなったりしないだろうか。
ストレスマックスだった時代にタイムマシーンで出向いて
私 鍼打ちます!揉みほぐします!と妄想します。
竹宮先生の本の出版以降、
よほど、周囲からの「大泉時代の話を聞きたい」の圧が強かったのでしょう、
もう本当に、金輪際、萩尾先生をほっといてあげて欲しい!
ただ、静かに作品を描くことに集中させて欲しい。
これを読んで、同じ思いのファンは沢山いるだろうな。
竹宮先生側の大泉の話は萩尾先生のことを好意的に書いてあるとのことですが
萩尾先生のこの本の中でも竹宮先生はキラキラしていて、
決して悪くは書かれてはいません。
でもそれが余計に
後半、竹宮先生から突然決別の手紙を渡されることのショックが想像できます。
ただ当時、お二人ともまだ20代、
もっと人生経験を積んだり、周囲に相談できる人が沢山いたりしたら
状況は違ったかも知れませんが・・・
今回萩尾先生の方の本から読んだのは運命だったのかな。
「少年の名はジルベール」の方は読まないと思います。
いや、この本を読むまではそのうち読もうと思っていたのですが
もういいや、大泉の人間模様はお腹いっぱい。
竹宮先生の作品も沢山読んだし、「地球へ・・・」はボロボロになったやつをまだ取ってあって
大好きです。
竹宮先生とのエピソード以外でも、
病に倒れたご友人の代わりに漫画を描いたりとか、資料が少ない中でヨーロッパを描く苦労とか、
そんな風な経緯であの話が描かれていたのか、と感動するとともに
漫画を読むのが生き甲斐だったあの頃の自分の思い出とリンクして感傷に浸りました。
萩尾先生が少年愛には興味が持てなかったという話が
個人的には一番、読んでよかったと思うくだりです。
スタジオライフの公演をBL大好きな人に誘われて観に行った時も、
この舞台は好きだけれども、
「トーマの心臓」はBLじゃないのでは、とずーっともやもやしていたので。
手元に置き続けるのは萩尾先生の「もう 本当にこの話は最後にしたい」という
強い思いが伝わりすぎて私には重いので
早々に手放そうと思います。
今日はスーパームーンだそうですが
頭の中は今はそれどころじゃない感じ。
しばらく余韻が残りそう・・・

この記事を書いた人

Saori Takano

「ここに来て良かった!」と心から言っていただける治療室を目指しています。
鍼灸治療は人対人の相性が重要だと思っています。
来院するかどうか迷っている方は
ざっと眺めていただいて参考にしてくださいませ。